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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)6811号 判決

原告(乙事件被告)

西日鋼運輸株式会社

ほか一名

被告(乙事件原告)

金正利雄

主文

一  被告らは各自原告に対し、九四六万八五八二円及びうち八五六万八五八二円に対する昭和五八年一二月一三日から、うち九〇万円に対する昭和六〇年一一月六日から、それぞれ支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  被告らが原告に対し、別紙交通事故目録記載の交通事故に基づいて各自負担する損害賠償債務は、第一項掲記の範囲を超えて存在しないことを確認する。

四  被告らのその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、甲・乙両事件を通じてこれを六分し、その五を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

六  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  甲事件

1  請求の趣旨

(一) 被告らが原告に対し別紙交通事故目録記載の交通事故(以下、「本件事故」という。)に基づいて負担する損害賠償債務は、各四〇万八〇〇〇円を超えて存在しないことを確認する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 被告らの請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。

二  乙事件

1  請求の趣旨

(一) 被告らは各自原告に対し、六〇〇〇万円及びうち五五〇〇万円に対する昭和五八年一二月一三日から、うち五〇〇万円に対する昭和六〇年一一月六日から、それぞれ支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。

(三) 仮執行宣言。

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  甲事件請求原因

原告は、被告らが本件事故に基づきそれぞれ原告に対し一億二八六〇万七七〇〇円の損害賠償債務を負担している旨主張するとともに、現に被告らに対し、乙事件請求の趣旨(一)記載のとおりの金額の支払いを求めている。

しかし、被告らの原告に対する右損害賠償債務は、四〇万八〇〇〇円を超えては存在しないので、原告との間で右部分の債務の存在しないことの確認を求める。

二  右請求原因に対する原告の認否

原告が被告らに対し、右のとおりの権利主張をしていることは認める。

三  甲事件抗弁(乙事件請求原因)

1  本件事故の発生及び被告の受傷

昭和五八年一二月一三日本件事故が発生し、原告はこれによつて頭頸部外傷症候群(いわゆる「むち打症」)の傷害を受けた。

2  責任原因

(一) 被告西日鋼運輸株式会社(以下、「被告会社」という。)の責任

被告会社は、本件事故当時加害車両を所有しこれを自己のために運行の用に供していたので、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条により後記損害を賠償する責任を負うものである。

(二) 被告中元の責任

被告中元は、下り坂になつている本件事故現場において、信号待ちのため原告車両のすぐ後に続いて加害車両を停止させていたものであるが、このような場合、自動車の運転者としては、ブレーキ操作を的確にし、また、前方に停車中の原告車両の動向を注視するなどして追突事故を未然に防止すべき注意義務があつたのにこれを怠り、サイドブレーキをかけないまま、信号が青に変つたものと速断して、踏んでいた足ブレーキのペダルを漫然と緩めたか、または、脇見をしながら発進させた過失により、本件事故を惹起したものである。

したがつて、被告中元は、民法七〇九条により後記損害を賠償する責任を負うものである。

3  損害

(一) 治療経過

原告は、本件事故による前記傷害のため、次のとおりの通院治療を余儀なくされた。

(1) 昭和五八年一二月一三日から昭和五九年一月六日まで友愛会病院に通院(実治療日数一二日)。

(2) 同五九年一月七日から六〇年二月末日まで大阪労災病院に通院(実治療日数四八日)。

(3) その後も昭和六一年一月頃まで同病院に通院。

(二) 症状固定と後遺症

原告が本件事故によつて受けた前記傷害は、右通院治療によつても治癒するに至らず、両肩から項部へかけての筋萎縮、両上下肢の諸腱反射亢進、両上肢ホフマン異常反射、両下肢・膝・足間代出現等の後遺障害(そのため握力低下、筋肉の常時硬直、視力の低下異常、全身のしびれ感、涙が出て止まらない、目がかすむ、臭覚の喪失、頭部頸部の押えられたような感覚、身体のふらつき、性欲の減退、根気がなくなるなどの症状が強固に顕われている)を残したまま、昭和六〇年一二月一二日頃その症状が固定した。

(三) 治療費 六五万〇四一三円

(1) 友愛会病院に支払つた分 九万九四二〇円

(2) 大阪労災病院に支払つた分 五五万〇九九三円

(四) 通院交通費 四万七四五〇円

原告は、昭和五九年一二月一七日から昭和六〇年九月二五日までの間、自宅からタクシーで大阪労災病院へ通院し、タクシー代合計四万七四五〇円を支出した。

(五) 休業損害 二〇〇〇万円

原告は、本件事故当時、市場で果物(主としてメロン)を仕入れてはいわゆる北新地のクラブ等数十店に車で配達納入して販売するという形態の果物販売業を営み、年間一〇〇〇万円を下らない純利益を得ていたものであるが、本件事故による受傷のために、事故の翌日から前記症状がほぼ固定するに至つた昭和六〇年一二月一二日までの二年間、全く右営業に従事することができなくなつた。したがつて、右期間中の休業損害は二〇〇〇万円を下らないというべきである。

(六) 後遺障害による逸失利益 九四七三万円

原告は本件事故当時四六歳の健康な男子であつたところ、原告の前記後遺障害は、自賠法施行令別表等級表(以下、単に「等級表」という)の第七級に該当するものであるが、その症状からみて、肉体労働、車両運転は不可能であつて従前どおりの形態の営業を継続することはできず、また、軽易な事務労働も長時間続けることは困難であるから、結局、右後遺障害のため、原告の労働能力は一〇〇パーセント失われるにいたつたというべきである。そうすると、原告は、昭和六〇年一二月一三日以降も就労可能な六七歳までの一八年間にわたり、少なくとも年間一〇〇〇万円の得べかりし利益を喪失することになるところ、その総額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、右時点におけるその現価を算出すると、九四七三万円となる。

(七) 慰謝料 一五〇〇万円

原告が本件事故による受傷のため、二年間にわたり通院治療を余儀なくされ、重篤な後遺障害に悩まされていること、努力して築いた事業の基盤を人生の最も重要な時期に失うに至つたことはいずれも前記のとおりであつて、それによつて受けた肉体的・精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額としては、一五〇〇万円が相当である。

(八) 弁護士費用 五〇〇万円

原告は、甲事件への応訴及び乙事件の訴えの提起と追行を原告訴訟代理人に委任し、そのための費用及び報酬として五〇〇万円を支払うことを約した。

4  損害の填補 一二〇万円

原告は被告会社から、本件事故以降昭和六〇年二月までの休業損害の一部として合計一二〇万円の支払いを受けた。

よつて、原告は被告らそれぞれに対し、右3の(三)ないし(八)の合計一億三五四二万七八六三円から4の一二〇万円を控除した残額一億三四二二万七八六三円のうち六〇〇〇万円及び弁護士費用を除く五五〇〇万円に対する不法行為の日である昭和五八年一二月一三日から、弁護士費用五〇〇万円に対する乙事件の訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一一月六日から、それぞれ支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

四  甲事件抗弁(乙事件請求原因)に対する被告らの認否

1  第1、2項の各事実は認める。但し、被告中元が脇見をしながら加害車両を発進させたとの点は否認する。加害車両は下り坂を自然発進したものである。

2  第3項の事実のうち、(一)の通院治療の事実は認めるが(二)は否認する。仮に、現在原告にその主張のような自覚・他覚症状が存在するとしても、それは、本件事故前から存在していた原告の脊椎管の変形、加齢現象に基づく脊椎管内の骨棘の突起、原告の神経質な性格等に起因するものであつて、本件事故とは因果関係がない。そのことは、本件事故以前から原告が脱力感を訴え、また、原告の肩から上肢にかけてすでに筋萎縮が生じていたことからも窺われる。さらに、右症状の発生と本件事故との間になんらかの因果関係が存在するとしても、その症状の発生は主として右の諸要因に帰せられるべきものであつて、本件事故がこれに寄与している割合はきわめて僅少であるから、被告らの責任もその割合に応じて定められるべきである。なお、原告の主張する症状の固定時期は、昭和六〇年一二月一二日ではなく、遅くとも昭和五九年六月頃とみるべきである。

3  第3項の(三)は認める。(四)の通院交通費を支出したことは認めるがその額は知らない。(五)の事実は知らない。仮に原告がその主張のような果物販売業を営んでいたとしても、これによつて得ていた利益はわずかであつて、そのことは、原告がその営業所得について所得税の確定申告をしていないことからも明らかである。

4  第3項の(六)は否認する。仮りに原告になんらかの後遺障害が残つたとしても、等級表第一四級一〇号(「局部に神経症状を残すもの」)に該当する程度のものであつて、原告の労働能力にほとんど影響を及ぼすようなものではない。そのことは、原告が昭和六〇年一月に普通乗用自動車一台を購入して従来どおりこれを乗り回している事実に照らしても明瞭である。同(七)は否認する。慰藉料の額としては、通院日数に応じて算定した額、すなわち四〇万八〇〇〇円程度が相当である。同(八)は知らない。

五  甲事件再抗弁(乙事件抗弁)

1  甲事件抗弁(乙事件請求原因)3(三)の治療費のうち(1)の友愛会病院関係分九万九四二〇円及び(2)の大阪労災病院関係分のうち五一万五三〇五円はすでに支払済みである。

2  昭和五八年一二月一三日から同五九年一二月三日までの通院交通費六万〇七九〇円も支払済みである。

3  また、被告らは昭和六〇年二月五日原告に対し、本件の治療費及び通院交通費として五万円を支払つた。

4  原告は、昭和六一年六月ころ、自動車損害賠償責任保険(以下、「自賠責保険」という。)から後遺障害分の保険金として七五万円の支払を受けた。

六  甲事件再抗弁(乙事件抗弁)に対する原告の認否

認める。但し、2の通院交通費は、原告が本訴において主張していない請求外分について支払われたものである。

第三証拠

本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(乙事件について)

一  本件事故の発生及び責任原因

乙事件請求原因1及び2の各事実(但し、被告中元が脇見しながら加害車両を発進させたとの点は除く。)は、当事者間に争いがない。そうすると、被告会社は自賠法三条により、被告中元は民法七〇九条により、それぞれ本件事故によつて原告の被つた損害を賠償すべき責任を負うものというべきである。

二  損害

1  通院治療経過

原告が本件事故によつて受けた傷害の治療のため、請求原因3(一)の(1)ないし(3)のとおり、友愛会病院及び大阪労災病院に通院したことは当事者間に争いがない。

2  後遺障害の存在と程度

成立に争いのない甲第二、第三号証、第一四号証、第七〇号証の一、二、乙第一号証、証人大野恒之の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故直後から頸・肩部痛、吐気、上肢の脱力感、めまいなどの症状を訴えていたが、長期間にわたる右通院治療にかかわらずそれが完治するに至らず、事故後ほぼ二年を経過した時点でも、他覚症状として、両上肢・肩甲帯に軽度の筋萎縮、両上下肢諸腱反射亢進、両上肢ホフマン異常反射、両下肢・膝及び足間代(クローヌス)出現、自覚症状として、両肩から項部にかけての異常な筋緊張、めまい、吐気、頭痛、しびれ感、性欲の減退などが残存し、治療効果が上がる見通しも回復の見込みも立たない状態となつたことが認められるとともに、右症状の程度としては、等級表第七級四号(「神経系統の機能に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」)に該当するものと認めるのが相当であり、右認定を左右するに足りる証拠は見当らない。

3  因果関係

ところで原告は、原告に残存している右のような自覚・他覚症状はすべて、本件事故に起因するものであると主張し、被告らはこれを争うので、以下、この点について検討するに、前記各証拠に加えて、成立に争いのない甲第一一号証、第一五号証、第二一ないし第五二号証、乙第一ないし第五号証、第六、第七号証の各一、二、第八ないし第一〇号証、第一一号証の一、二、原本の存在及びその成立に争いのない甲第一六、第一七号証、第一八号証の一、二、第一九、第二〇号証及び原告本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第五三号証を総合すると、本件事故前後の原告の身体的状況につき、次のような事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(一) 原告は生来、強壮な筋肉には恵まれず両上下肢も比較的細かつたところ、本件事故の五、六年前から一層痩せた状態となり、力が入りにくいことを自覚するようになつたが、日常生活上特に不自由を感じるほどのことはなく、自動車を運転してかなり重い商品を運搬する仕事にも支障なく従事していた。

(二) ところが、本件事故直後、原告は救急車で友愛会病院に運ばれ、直ちに同病院の内藤正医師の診察を受けたが、その際、頸部痛と吐き気を訴え、加療約七日間を要する頭頸部外傷症候群との診断を受けるとともに安静を指示された。

(三) その後、昭和五九年一月六日までの間(実治療日数一二日)同病院に通院し、レントゲン検査等の諸検査のほか、薬物療法、理学療法(牽引、温熱療法)等の治療を続けた(同病院で右期間通院治療を受けたこと及び実治療日数は当事者間に争いがない。)が、その間の原告の自覚症状としては、受傷一週間後において、頸部痛、吐気、左手脱力感、めまい、左肩放散痛、悪感等があり、二週間後には、頭頂から頸及び肩部にかけての疼痛、脱力感が加わり、さらに三週間後には目がかすむようにもなつた。

(四) そのうち、原告は、症状の回復が思わしくなかつた上に友愛会病院の措置に不満を覚えるようになつたことから、昭和五九年一月七日、規模の大きな病院を希望して大阪労災病院に転医し、先ず整形外科において受診した後、神経科に紹介され、以後昭和六一年一月四日までの間(実治療日数六七日)主として同病院の神経科に通院して同科部長大野恒之医師の治療や検査を受けるようになつた(昭和五九年一月七日以降同病院に通院して治療を受けたことは当事者間に争いがない。)。

(五) 大阪労災病院に転医してからの原告の症状については、自覚症状として、めまい、吐気、頭痛(頭重感)、項から肩及び上肢へかけての凝り(両肩項部の著しい筋緊張)、全身のこわばり、腰痛、全身のしびれ感があつたほか、他覚症状として、両上肢・肩甲帯諸筋に軽度の萎縮、上下肢諸腱反射亢進、握力(右二五kg~二三kg、左二一kg)低下、筋電図上の上肢諸筋の神経源性の変化等が認められ、これらの症状には全通院期間を通じてほとんど変化がみられなかつたが、このうち両上肢・肩甲帯諸筋の軽度の萎縮は本件事故以前から既に生じていたものである。

(六) さらに、昭和六〇年一一月二九日、大阪労災病院の依頼により馬場記念病院において原告に対しMRI検査が実施されたが、その検査結果によると、原告の第四ないし第六頸椎に脊椎管狭窄と骨棘がみられるとともに、脊髄前部に軽度の圧排(脊髄前縁が偏平化している。)が生じていることが認められ、かつ、右圧排の生じている脊髄前縁は上肢の筋肉を支配する神経が存在する個所であつた。

以上の認定事実からすれば、原告の両上肢及び肩甲帯にみられる軽度の筋萎縮については、本件事故との間に因果関係が存在することを認めるのは困難であるが、前記認定のその余の各自覚・他覚症状は本件事故に起因するものと認めるのが相当であり、かつ、そのような症状の発生する機序としては、追突の際の頸部の過伸展ないし過屈曲により、狭くなつている脊椎管に生じている骨棘が脊髄前縁を圧迫して傷つけ、そのために右のような症状が発症するに至つたものと推認することができる。したがつて、右症状と本件事故との間の因果関係は、これを肯認すべきものといわなければならない。

もつとも、原告の両上下肢が従前から比較的細く、本件事故の五、六年前よりさらにやせた状態となり、力が入りにくいことが自覚されるようになつたことは前記認定のとおりであり、また、前記甲第一四号証、乙第九号証(三二番)及び証人大野恒之の証言によれば、原告の脊椎管は通常人より狭く(通常人の場合は直径一四、五ミリメートルであるが、原告の場合は一一、二ミリメートルしかない。)、そのため頸部が過度に伸展又は屈曲したとき脊椎管内の骨棘が脊髄前部を圧迫し易い状態となつていたこと、さらに、原告には右のような頸椎の異常に起因する症状(筋萎縮、脱力感等)が軽微とはいえ既に発現しており、頸部に特段の衝撃が加わらなくても、一定の時日の経過により脊髄前部が圧迫されて原告に残存している前記認定の症状と同様の症状が現われる可能性があつたこと、本件事故に起因してこのような症状が発症するについては、原告の脊椎管に存在していた右のような異常が大きく影響しており、本件事故のみによつてはこれほど重篤な結果が生ずることはなかつたことがそれぞれ認められるのであつて、この認定を動かすに足りる的確な証拠は見当らない。

しかしながら、右のような事実が認められるからといつて、その症状が本件事故に起因するものであるとの前記認定が左右されるわけではなく、その間の因果関係を肯認すべきであることになんら変わりはないから、これを全面的に否定する被告らの主張は採用するに由ないというべきである。

4  症状固定時期

本件事故後の原告の症状が、友愛会病院及び大阪労災病院の全通院期間を通じて結果的にほとんど変わらなかつたことは前記認定のとおりであるが、前記乙第三号証、第七号証の一、二、第八ないし第一〇号証、第一一号証の一、二及び証人大野恒之の証言によれば、前記のとおり、原告の両上肢・肩甲帯に当初から軽度の筋萎縮が認められたり、筋電図検査の結果上肢諸筋に神経源性の変化が認められたことなどから、原告の症状が頭頸部外傷によるもののほか筋萎縮性側索硬化症(ALS)によるものではないかとの強い疑いが持たれるようになつたこと、そのため、将来、筋萎縮が下肢にも及ぶ可能性があるものと判断され、その結果、当分経過観察を続けるとともに、毎月平均二回位の割合による通院によつて対症療法が実施されることになつたこと、そのような経過で原告は、昭和六一年一月四日までの間(実治療日数約六〇日)通院を続け、投薬や体操等の対症療法を継続するとともに、筋萎縮性側索硬化症についても引き続き経過観察を受けたが、その後も筋萎縮や神経源性の変化が下肢に現われず、また、前記認定のとおり昭和六〇年一一月二九日に馬場記念病院においてMRI検査が実施された結果、右硬化症の疑いは最終的に否定されるに至つたことがそれぞれ認められるのであつて、右認定事実からすれば、原告の前記後遺症状は、遅くとも本件事故後二年を経過した昭和六〇年一二月一二日までには、いわゆる症状固定の状態になつたものと認めるのが相当である。

5  損害発生に対する本件事故の寄与度

前認定の本件事故と因果関係のある諸症状が発症するについて、原告の脊椎管に存在する前記のごとき異常が大きく影響しており、本件事故のみによつてはこれほど重篤な結果が生ずることはなかつたこと、原告には右異常に起因する症状が既に発現しており、原告の頸部に特段の衝撃が加わるようなことがなくても、一定の時日の経過により右と同様の症状が現われる可能性があつたことは前記認定のとおりであり、また、当事者間に争いのない本件事故の態様から、本件事故によつて原告の頸部に加えられた衝撃の程度は軽微なものであつたと推認されるのであつて、これらの事情と前記乙第一〇号証及び証人大野恒之の証言により右症状の発症に影響を及ぼしているものと認められる原告の心因的要因等とを総合して勘案するならば、原告の被つた損害の発生について本件事故が寄与している割合は三割程度と評価するのが相当である。

6  損害額

(一) 治療費 六五万〇四一三円

請求原因第3項の(三)の事実は当事者間に争いがない(合計六五万〇四一三円)。

(二) 通院交通費 一万四〇四〇円

原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五五ないし第六六号証によれば、原告は、昭和五九年一二月一七日から昭和六〇年九月二五日までの間、前記大阪労災病院に通院(六回)するため往復ともタクシーを利用し、合計一万四〇四〇円のタクシー料金を支出したことが認められるところ、原告が右通院のためにタクシーを利用したことは、前記症状に照らしてやむをえなかつたものというべきである。

(三) 休業損害 七四一万八四〇〇円

原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和一二年二月一〇日生(事故当時四六歳)の男子で、昭和四二年ころから本件事故当時まで、市場で果物(主としてメロン)を仕入れてはいわゆる北新地のクラブ等に車で配達納入して販売するという形態の果物販売業を営んでいたところ、本件事故によつて受傷したため、その後現在にいたるまで右営業を休止していることが認められるが、本件事故当時右営業により年間一〇〇〇万円を下らない純利益を得ていたとの点については、原告本人尋問の結果中にこれに沿うかのごとき供述部分があるけれども、その裏付となるような帳簿・伝票等の的確な証拠は全く存在しないので、ただちにこれを採用することはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

もつとも、成立に争いのない甲第一二、第一三号証及び右本人尋問の結果によれば、原告が右営業によつてかなりの収益をあげ、相応の貯蓄もしていたことが窺われるので、経験則上、少くとも、昭和五八年度賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者四五歳ないし四九歳の平均年収額四九四万五六〇〇円を下回らない程度の利益を得ていたものと推認するのが相当というべきである。そうすると、本件事故の時から前記症状固定の時までの間、右年収額に応じた休業損害を被つたものというべきであるかのごとくであるが、前認定のような右期間における原告の症状や月二回程度という通院状況等に照らして考えると、その間、得べかりし利益を一〇〇パーセント喪失したものとみるのは相当でなく、右期間のうち、当初の半年間は一〇〇パーセント、これに続く半年間は八〇パーセント、その後症状固定までの一年間は六〇パーセント得べかりし利益を喪失したものと推認するのが相当というべきである。したがつて、右期間中の休業損害の額は、七四一万八四〇〇円である。

(算式)

4,945,600×1/2=2,472,800

〃×1/2×0.8=1,978,240

〃×0.6=2,967,360

以上 合計=7,418,400

(四) 後遺症による逸失利益 二一三六万三四三八円

前認定の本件事故と因果関係のある後遺障害の内容程度によると、原告は、右後遺障害によりその労働能力の五〇パーセントを喪失したものであり、その喪失期間は一〇年と推認するのが相当であるところ、昭和六〇年度賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者四五歳ないし四九歳の平均年収額五三七万七九〇〇円を基礎として算定した右期間の収入総額の五〇パーセントからホフマン式計算法により中間利息を控除して右一〇年間の逸失利益の症状固定時における現価を算出すると、二一三六万三四三八円となる。

(算式)

5,377,900×0.5×7.9449=21,363,438

(五) 慰謝料 七五〇万円

本件事故の態様、被告の傷害の部位・程度・通院状況、後遺障害の内容程度、その他証拠上認められる諸般の事情を考慮すると、本件事故によつて原告が受けた精神的肉体的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額としては七五〇万円が相当である。

(六) 寄与度減額

原告の被つた損害の発生について本件事故が寄与している割合を三割と評価すべきことは前記のとおりであるから、被告らが賠償すべき損害の額としては、右(一)ないし(五)の合計額から七割を減じた額とするのが相当である。

(七) 損害の填補

請求原因4の事実(休業損害の一部填補)及び抗弁1ないし4の事実(治療費・通院交通費の弁済と自賠責保険金の支払)は当事者間に争いがない。もつとも、抗弁2の通院交通費は原告の請求外のものであるからこれを本件損害額から控除するのは相当でないが、同3の治療費及び通院交通費合計五万円は、その内訳が明らかでないものの、これが本件請求外のものであると認めるべき証拠はなんら見当らないから、前記認定の治療費及び通院交通費の合計額からこれを控除するのが相当である。そうすると、右損害額から控除すべき既填補分の合計額は二五一万五三〇五円である。

(八) 弁護士費用

原告が弁護士である原告代理人に本件訴訟の提起と追行を委任し、その費用及び報酬の支払いを約したことは、弁論の全趣旨によつてこれを認めることができるところ、本件事案の内容、認容額等諸般の事情を勘案すると、本件事故と相当因果関係に立つ損害として被告らに請求し得る弁護士費用の額は、九〇万円とするのが相当である。

(甲事件について)

原告が、被告らにおいて本件事故に基づきそれぞれ原告に対し一億二八六〇万七七〇〇円の損害賠償債務を負担している旨主張していることは当事者間に争いのないところ、被告らが九四六万八五八二円を超えては右債務を負担していないことは前記(乙事件について)一、二において説示したとおりである。

(結論)

以上の次第で、被告らは原告に対し、各自、前記(乙事件について)二6の(一)ないし(五)の合計額に〇・三を乗じた金額から同(七)の合計額を控除し、これに同(八)の弁護士費用を加えた九四六万八五八二円及びうち(八)の弁護士費用を控除した八五六万八五八二円に対する本件事故発生の日である昭和五八年一二月一三日から、うち右弁護士費用九〇万円に対する乙事件訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一一月六日から、それぞれ支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の乙事件請求はその限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求を失当として棄却し、被告らの甲事件請求は右金額を超える損害賠償債務の不存在確認を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原弘道 田邉直樹 真部直子)

交通事故目録

一 発生日時 昭和五八年一二月一三日午後一時四〇分ころ

二 発生場所 大阪市住之江区浜口西三丁目一三番二号先国道二六号線路上

三 加害車両 大型貨物自動車(登録番号、泉一一き一〇八号)

四 右運転者 被告中元

五 事故態様 被告中元は、信号待ちのため右発生場所に停止していた原告運転の普通貨物自動車(被害車両)の後部に加害車両を追突させた。

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